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千葉地方裁判所 昭和57年(ワ)1315号 判決

原告

小浜マリコ

被告

株式会社光タクシー

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、金九三〇万円及びこれに対する昭和五四年一二月一二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  被告

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

昭和五四年一二月一一日午後五時三〇分ごろ、佐賀県藤津郡嬉野町温泉三区乙一一五六―一〇先道路上において、停つていたタクシーの後方から同道路を横断し始めた原告が、折りから同道路左方から走行してきた訴外吉村武一運転のタクシー(以下、加害車という。)に衝突されて跳ね飛ばされ、路上に転倒し、外傷性頸部症候群、左下腿外顆骨折、腰部捻挫の傷害を受けた。

2  責任原因

被告は、加害者を所有し、自己のため運行の用に供していたものであるから自賠法三条に基づき、本件事故によつて原告が蒙つた損害を賠償する責任がある。

3  損害

原告は、本件事故により次のとおりの損害を蒙つた。

(一) 治療費金五〇万五〇三〇円

昭和五四年一二月一一日から昭和五五年一月二四日まで四五日間国立嬉野病院に入院、同月三一日から同年三月一九日まで伊藤病院に通院(通院日数二八日間)、同月三一日から同年五月二一日まで五二日間石和温泉病院に入院したほか原町田病院(同年七月から)、柳原病院(昭和五六年一〇月から)、荒川生協病院(昭和五七年一月から)に通院を繰り返し、その間、国立嬉野病院の治療費は金三六万二三九〇円、伊藤病院の治療費は金一四万二六四〇円でその合計治療費は、金五〇万五〇三〇円である。

(二) 休業損害としての逸失利益金八四〇万円

原告は、本件事故前の昭和五四年一二月八日から佐賀県嬉野町の温泉トルコ西海でいわゆるトルコ嬢として稼働し、指圧料、あんま料相当のサービス料として月平均三五万円の収入(サービス料一人三〇〇〇円、一日五人弱相当の金一万四〇〇〇円の収入、一か月二五日稼働)を得るはずであつたが、本件事故による前記受傷のため昭和五四年一二月一一日から昭和五六年一二月一一日までの二年間休業を余儀なくされ、その間金八四〇万円相当の休業損害を蒙つた。

(三) 慰藉料金一五〇万円

原告は、本件事故による前記受傷の入、通院慰藉料として少なくとも金一五〇万円が相当である。

4  損害の補填

原告は、被告から損害の補填として治療費金五〇万五〇三〇円ほか昭和五四年一二月二八日、昭和五五年一月二二日、同年五月下旬、同年六月下旬各金一五万円宛合計金六〇万円の支払いを受けた。(但し、昭和五年五月下旬、同年六月下旬の各金一五万円は、仮処分決定がなされたことに基づき任意に履行された仮払い金である。)

5  結び

よつて、原告は、被告に対し、前記3の(一)ないし(三)の損害金一〇四〇万五〇三〇円から前記4の損害補填分合計金一一〇万五〇三〇円を控除した金九三〇万円及びこれに対する本件事故後(翌日)である昭和五四年一二月一二日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、原告が加害車に跳ね飛ばされて路上に転倒したこと、腰部捻挫の傷害を受けたことは争うが、加害車が原告に衝突した点を含め、その余の事実は、認める。

2  同2の事実は、認める。

3  同3の(一)の事実のうち、原告が柳原病院、荒川生協病院に通院したことは、不知。その余の事実は、治療費の点を含めて認める。

もつとも、本件事故による原告の受傷は、国立嬉野病院、伊藤病院での入、通院治療により治癒したと解され、以後の治療は、実際にはその必要性はなかつたもので、本件事故と相当因果関係はない。

4  同3の(二)の事実は、争う。

仮に、原告が、その主張のように、本件事故前にいわゆるトルコ嬢として稼働して収入を得ていたとしても、それは、違法な収入であり、その収入が指圧、あんま料相当分のサービス料としても、原告が指圧、あんま等の業務を行う資格を有していないから違法収入であることには変りがなく、右の収入をもとに休業損害を請求することはできない。

5  同3の(三)の事実は、争う。

6  同4の事実は認める。

もつともその支払はいずれも仮払いである。

三  抗弁

1  過失相殺

本件事故は、原告が停つていたタクシーの後方から、左右の安全を確認することなく、折から時速二五キロメートルで直進してきた加害車の直前を横断しようとした過失もあつて惹起されたものであるから原告の損害については相応の過失相殺をすべきである。

2  弁済

被告は、前記一の4の損害の補填以外にも、原告側に次のとおり仮払いをしているので、これについては前記一の4の損害の補填分も含めて原告の損害に充当する。

(一) 昭和五五年一月二四日原告の内縁の夫である訴外鈴木勝明(以下、鈴木という。)に対し、金三万円

(二) 同年二月六日原告に対し、金二〇万円

(三) 同月二一日原告に対し、金一五万円

(四) 同年三月一二日原告に対し、金五万円

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実のうち、本件事故は、原告が停つていたタクシーの後方から横断しようとして惹起されたことは認めるが、加害車が時速約二五キロメートルであつたとの点は、否認する。

加害車は少なくとも時速四五キロメートル程度であつた。

本件の事故につき原告の過失を否定するものではないが、その割合は、二割程度に過ぎない。

2  同2の事実のうち、(一)の事実を除く、その余の事実は認める。

(一)の事実については、被告が鈴木に対して金三万円を支払つたことは認めるが、それは、鈴木の旅費の一部として支払つたものであるから、原告の損害に充当することは失当である。

第三証拠〔略〕

理由

第一  事故の発生

一  昭和五四年一二月一一日午後五時三〇分ごろ、佐賀県藤津郡嬉野町温泉三区乙一一五六―一〇先道路上において、停つていたタクシーの後方から同道路を横断し始めた原告が、折から同道路左方から走行してきた加害車に衝突され、外傷性頸部症候群、左下腿外顆骨折の傷害を受けたことは、当事者間に争いがない。

二  そして、成立につき当事者間に争いのない乙第一号証の一、二、弁論の全趣旨から成立の認められる甲第一号証及び原告本人尋問の結果によると、加害車は、原告を跳ね飛ばして路上に転倒させたことが認められ、また、成立につき当事者間に争いのない甲第六号証、乙第五号証の一、弁論の全趣旨から成立の認められる甲第五号証及び調査嘱託の結果を総合すると、原告は、本件事故により前記の外傷性頸部症候群、左下腿外顆骨折のほか少なくとも腰部捻挫の疑いのある受傷をしたことが認められ、右の各認定を覆えすに足る証拠はない。

第二  そこで、被告の責任原因と原告の過失の有無、割合について判断する。

一  被告が加害車を所有し、自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがなく、従つて、被告は、加害車の運行供用者として本件事故により原告が蒙つた損害を賠償する義務がある。

二  ところで、本件事故は、原告が停つているタクシーの後方から横断を始めて惹起されたことは、当事者間に争いがなく、前掲の乙第一号証の一、二によると、本件事故の衝突地点は、原告が停つていたタクシーの後方から僅か一メートル弱踏み出した幅員約六・三メートルの道路のほぼ中央付近で、本件事故現場に残された加害車の制動痕の長さは右二・〇メートル、左二・四メートルであり、衝突地点と原告の転倒箇所との距離も僅か一・六メートルに過ぎないことが認められ、また原告本人尋問の結果によると、原告は、停つているタクシーを降りて一旦荷物を反対側の道路端まで運び、料金を支払うため右のタクシーまで戻り、一万円札を出したところ、運転手の方で「おつり」がないというので、両替してもらおうと再びタクシーの後方から横断を始めて二歩程踏み出したところで加害車に衝突されたというのであり、これらの事実に、弁論の全趣旨から成立の認められる乙第一二号証を併せ考えると、原告は、停つていたタクシーの後方から左方の安全を確認することなく、飛び出す形で踏み出したところ、衝突地点の約二五メートル手前で、既に時速約二〇キロメートル程度に減速していた加害車と衝突したと解するを相当とし、本件事故の発生については、原告にも過失があるといわなければならず(もつとも、原告に過失があることは、原告自身認めるところである。)、本件に顕われた本件事故当時のその他の諸状況に照らすと、原告の過失割合は五割と認めるのが相当である。

第三  次に、損害について判断する。

一  治療費

本件事故による前記の外傷性頸部症候群、左下腿外顆骨折の受傷の治療のため、昭和五四年一二月一一日から昭和五五年一月二四日まで四五日間国立嬉野病院に入院、同月三一日から同年三月一九日まで伊藤病院に通院(通院日数二八日間)し、治療費については、国立嬉野病院が金三六万二三九〇円、伊藤病院が金一四万二六四〇円の合計金五〇万五〇三〇円を要したことは、当事者間に争いがなく、前掲の甲第六号証及び調査嘱託の結果によれば、伊藤病院への通院は、前記の傷害のほか腰部捻挫の疑いの治療のためであつたということができる。そして、原告が石和温泉病院、原町田病院にも入、通院したことは被告の認めて争わないところであり、原告本人尋問の結果によると、更に、柳原病院、荒川生協病院にも通院していたことが認められるが成立につき当事者間に争いのない甲第九号証及び前掲の調査嘱託の結果を総合すると、原町田病院、柳原病院、荒川生協病院への原告の通院が本件事故による原告の受傷の治療のために必要であつたとは認め難く、弁論の全趣旨から成立の認められる甲第一五号証も前掲の甲第九号証、調査嘱託の結果に照して右認定を覆えすに足らないばかりでなく、そもそも原告は、治療費として前記の合計金五〇万五〇三〇円を請求するに過ぎないところである。

二  休業損害としての逸失利益

1  原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、原告は、本件事故前の昭和五四年一二月八日から佐賀県嬉野町の西海という店でいわゆるトルコ嬢として稼働していたことが認められるが、その稼働内容や収入については必ずしも明らかではない。

もつとも、原告本人尋問の結果中には、原告は、トルコ嬢として客の背中流しやマツサージのみをして一日金八〇〇〇円から金一万円程の収入があつたとする旨の供述部分があるが、迫真性に乏しく、右の供述をそのまま鵜呑みにはできず、成立につき当事者間に争いのない甲第一三号証、弁論の全趣旨から成立の認められる甲第一八号証をもつてしても、原告の法的に許容される収入を認定するには足らず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

2  そして、右のような証拠状況においては、原告の法的に許容された休業損害としての逸失利益の算定要因である収入は、統計資料に依拠して推計せざるを得ないところであつて、原告本人尋問の結果によれば、原告は新制中学卒業の女子で、本件事故当時四二年であることが認められるから、昭和五五年度賃金センサスに基づく新制中学卒業の学歴の四二年の女子の平均賃金額をもつて原告が本件事故に遭遇しなければ、いわゆるトルコ嬢として取得したであろう法的に許容される収入と解するを相当とし、同賃金センサスによれば、その額は年額一五七万三二〇〇円であることは明らかである(因みに、本件事故は、昭和五四年一二月一一日に発生したものであるが、休業損害としての逸失利益の算定要因である原告の収入を推計するには昭和五四年度ではなく、昭和五五年度の賃金センサスに依拠するのが相当であると考えられる。)。

3  そして、前掲の甲第五、第六号証、成立につき当事者間に争いのない甲第三、第八、第九号証、弁論の全趣旨から成立の認められる甲第四号証、第一四号証の一ないし三、第一七号証の二、前掲の調査嘱託の結果を総合すると原告は、本件事故の受傷との関係では石和温泉病院を退院したと推認される昭和五五年五月一二日の翌日からは、就労可能になつたと解されるところである。

4  ところで、原告が何時、前記西海を辞めたかは必ずしも明らかでなく、前記のとおり、稼働可能となつたと考えられる石和温泉病院退院後も現在に至るまで前記西海に復帰していわゆるトルコ嬢として稼働した事跡の認められない本件においては、右の石和温泉病院退院以前に右西海を辞めたと解されなくもないが、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、原告は、本件事故に遭遇しなければ、少なくとも、右の石和温泉病院退院時の昭和五五年五月一二日まではいわゆるトルコ嬢として右西海で稼働を続けていたと推認されるところであるから、休業損害としての逸失利益の算定期間は五か月とするのが相当である。

5  そうだとすると、結局、原告が本件事故による前記受傷のため蒙つた休業損害としての逸失利益は、金六五万五五〇〇円となることは計数上明らかである。

(計算式 収入157万3200円(年収)÷12(1年の月数)×5か月(本件事故遭遇後稼働可能となるまでの期間)=65万5500円)

三  慰藉料

前記のとおりの本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、原告の過失の程度その他本件の証拠から認められる諸般の事情を併せ考えると、原告が本件事故によつて蒙つた精神的苦痛を慰藉するには金五〇万円が相当である。

四  過失相殺

原告には、本件事故発生につき、前記のとおりの過失(割合五割)があるので、これを斟酌すると、被告に賠償させるべき原告の財産上の損害額は、治療費金二五万二五一五円、休業損害金三二万七七五〇円の合計金五八万〇二六五円をもつて相当とし、慰藉料については、原告の過失をも含め、諸般の事情を考慮して算定すべきであると解するを相当とするので、過失相殺の対象とはしない。

五  被告の賠償額

そうだとすると、本件事故により被告が原告に賠償すべき損害額は、財産上の損害として金五八万〇二六五円、慰藉料として金五〇万円の合計金一〇八万〇二六五円ということになる。

第四  損害の填補

一  原告が被告から治療費として金五〇万五〇三〇円の支払いを受けたほか昭和五四年一二月二八日、昭和五五年一月二二日、同年二月二一日、同年五月下旬及び同年六月下旬にいずれも金一五万円宛、同年二月六日に二〇万円、同年三月一二日に金五万円の合計金一〇〇万円を受領したことは、当事者間に争いなく、被告は、右の支払いをいずれも仮払いとする(殊に、昭和五五年五月下旬及び同年六月下旬の各金一五万円の支払いは、原告の申請による払処分決定がなされたことに基づき、任意履行としてなされたものではある(この点は、当事者間に争いがない。))が被告の方でその仮払い分を原告の損害に充当するとしているので、結局、被告が仮払いしたと主張する合計金一五〇万五〇三〇円は、対等額において原告の損害に補填されたというべきである。

二  被告は、右のほかに昭和五五年一月二四日原告の内縁の夫である鈴木に金三万円を仮払いしたとするが、原告は、この点につき被告の方で鈴木の旅費の一部として支払つたもので、原告の損害の補填分とはならない旨主張し、本件の証拠によつても、右の金三万円が原告の損害の補填分として鈴木に交付されたと認めるに足らないところであるから右の金三万円については、原告の損害に補填されたものということはできないといわなければならない。

第五  結論

そうだとすると、本件事故により被告が賠償すべき原告の損害は、被告の弁済充当によりすべて補填されたことになるから原告の本訴請求は、結局において失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 円井義弘)

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